2020年6月号 コロナ禍での医療法人監査~変化への対応
公認会計士 田中 久美子
平成5年から大手監査法人で監査業務・M&A支援業務に従事し、中国への海外赴任を経て平成29年御堂筋監査法人に入社。医療法人及び社会福祉法人の監査業務に従事。大学院で内部統制、内部監査の講義を担当。御堂筋監査法人代表社員。
2020年4月7日緊急事態宣言発出。新型コロナウィルス感染症が急速に蔓延し、いつ収束するのか先行きが見えない中で、これまでに経験したことのない状況への対応が求められました。事態は刻一刻と変化し、病院運営においても、患者数の減少、対応コストの増大等、非常に大きな影響を受けました。そして、日本の医療法人の多くは3月決算であることから、緊急事態宣言下での決算手続を余儀なくされました。今回は、そのようなコロナ禍での医療法人監査での対応をご紹介し、今後この教訓をどのように生かすかについて考えていきたいと思います。
1.訪問できないことへの対応
会計監査は、現場に訪問して資料等を確認したり、お話しをうかがったりするのが通常です。しかし、我々の監査の対象は病院や介護施設で、肺炎等の重篤な状況に陥りやすい人が多い場所です。会計監査とはいえ外部の会計士の出入りを制限する動きが3月下旬から出はじめました。監査のピークとなる5月までに収束するとは到底思えない状況の中で、「訪問しない監査」はどうすれば実現出来るのかを検討せざるをえない状況に陥っていました。
非効率?そんなことは百も承知です。非協力的?それを説得して理解してもらうことが必要でしょう。出来ない理由を並べるのではなく、出来るためにはどのような方法があるのか、一人ひとりが考えて試していくしかない状況でした。何度も状況を確認し、データでの情報収集やウェブ会議等での対応について検討を重ねました。その結果、M&Aのデューデリジェンスで利用されるVDR(Vertual Data Room)ほど高度なものではないですが、必要な情報を整理する仕組みが構築されました。その点では効率的な監査を実施することが出来たのかもしれません。
2.コミュニケーションへの対応
原則として「訪問しない監査」を実施することになり、必要な資料はデータで入手することが可能となりました。しかし、資料だけでは分からないことも多く、色々なことを質問する必要があります。そもそも、監査とは英語でAuditといい、Audioと同じ語源で「聴取すること」から来ています。監査では聞くことが必須です。訪問していれば面と向かって資料片手に質問することが出来ますが、訪問しない監査ではその点が最大のネックとなります。
そうした問題点を解決するため、毎日3回ウェブ会議を実施して、医療法人の担当者と監査人とのコミュニケーションを頻繁に行ったケースもありました。また、監査チーム内で朝夕ウェブ会議を行うことになり、指示するほうもより具体的になり、指示を受けたほうも結果をより明確な形で報告することによって、以前より作業の効率化が図れた点もありました。
3.外部環境変化への対応
外出自粛が功を奏し、4月下旬には新規感染者が減少傾向を示し始めてきました。しかし、それは同時に病院や介護施設の患者や利用者をも減少させました。中には、感染を恐れた医師や看護師等から勤務を拒否されたケースもありました。その影響で収益性が悪化し、運転資金の追加融資を検討する必要が発生しているケースもありました。
そのような中、医療法人としてはこの決算の監査を迅速に終わらせて、監査報告書付の決算書を金融機関に提出して融資を確実なものにしたいという思いもありました。結局、我々の監査対象の医療法人で事業報告等の届出の延長を実施したのは少数にとどまりました。
4.未来への教訓
今回の事態に対しては、誰もが経験したことのない問題をどうすれば解決できるのか、皆が前向きに考えられるかどうかが重要な成功要因であったと思います。そして、そのような対応が可能となったのは、これまでに培われてきた医療法人担当者と会計監査人との信頼関係に依存するところが大きかったと思います。今後の医療法人監査では、より強固な信頼関係のもと、常に変化への対応を心がけ、医療法人運営に資するよう、会計監査自体も変化していくことを期待します。