2020年3月号 医療法人の実地棚卸~実務上の対応
公認会計士 三木 伸介
大手監査法人を経て平成25年に株式会社日本経営に入社し、医療・介護分野におけるコンサルティング業務に従事。その後税理法人日本経営に転籍し、医療法人等の税務業務に従事。平成29年に御堂筋監査法人に入所し、主に医療法人の監査業務を担当。
医療法人の棚卸資産には医薬品や診療材料などがありますが、医療法人特有の問題点として、①対象品目が多い、②医薬品や診療材料の継続記録簿がない、③払出を完全にとめることができない、④保管場所が多岐にわたる、⑤SPDや定数管理という医療法人特有の制度がある、等により期末の実地棚卸でいかに効率的かつ効果的に正確な棚卸資産の数量を確定するかがポイントとなります。今回は、医療法人の実地棚卸における実務上のよくある論点のいくつかを解説したいと思います。
論点1.処方済み未服用の医薬品
医薬品の処方は一定期間分まとめて行われるのが一般的です。したがって、処方した医薬品が期末日をまたいでしまった場合、入院患者が服用していない医薬品の所有権は実質的に患者なのか医療法人なのかということが論点となります。
出来高払いで請求されているようなケースであれば、実務上は処方時点で収益計上されるため、対応する医薬品は費用として処理されます。
一方包括請求の場合、病名や手術・処置等の内容に応じた一日あたりの定額で収益計上されるため、厳密に言うと服用していなければ医薬品を使用していないので、服用した時点の費用として処理すべきです。しかし、実務上は請求形態で処方を区別することは煩雑なので、期末に重要な影響がないことを確かめて、処方時点で費用処理している法人もあります。
いずれにしても、医療法人の棚卸資産として認識すべきものをあらかじめ法人内で明確に定義しておくことが重要です。
論点2.SPD在庫
SPDとは、医療現場の要望に対応して医薬品等を各部署に供給し、過剰在庫等を削減し、請求・発注業務を軽減する等、病院経営をサポートするシステムです。ただし、所有権の移転時期は医療法人に納品された時点であったり、使用(開封)された時点であったり等、契約の内容によって異なってきます。医療法人の実地棚卸の対象となるのは医療法人に所有権があるものだけであり、所有権が移転するまではあくまでも業者の在庫であるため、実地棚卸の対象外になります
あらかじめ契約内容を確認し、所有権の所在を明確にしておくことが重要です。
論点3.病棟在庫
未使用の医薬品や診療材料は医療法人の在庫となりますので、原則として全ての病棟在庫が棚卸対象となります。ただし、病棟では実地棚卸のために払出(使用)を止めることはできず、また、実地棚卸を実施するのも患者対応の合間に看護師等が行う医療法人も少なくありません。複数の看護師等が分担して実地棚卸を実施するために、網羅的に実施されたかどうか確認することが困難な場合もあります。
あらかじめ法人内で明確な棚卸の基準を策定し、棚卸実施要領等文書化しておくことが重要です。
もし、病棟在庫について数も少なく、金額的に重要な影響を及ぼさない場合には、実地棚卸の対象としないことも検討の余地はあります。
論点4.その他実地棚卸の適正化・効率化
分包機内の医薬品は、原則として全ての在庫が実地棚卸の対象となります。ただし、分包機から取り出してバラになった医薬品を数えるのは煩雑です。装填数も少なく、金額的に重要な影響を及ぼさない場合には、実地棚卸の対象としないことも考えられます。
実地棚卸の効率化という観点からは、定数管理されている在庫について、運用状況が適切であることを条件に、定数を実在数とみなして実際には全数数えない方法も検討の余地があります。
期末の実地棚卸で効率的かつ効果的に正確な棚卸資産の数量を確定するために、あらかじめ法人内で棚卸資産の管理状況等を勘案し、明確な棚卸の基準を文書化して担当者に周知徹底することが重要です。