2020年11月号 真価を問う!監査報酬~アンケート結果を踏まえて~
公認会計士 田中 久美子
平成5年から大手監査法人で監査業務・M&A支援業務に従事し、中国への海外赴任を経て平成29年御堂筋監査法人に入社。医療法人及び社会福祉法人の監査業務に従事。大学院で内部統制、内部監査の講義を担当。御堂筋監査法人代表社員。
第7次医療法改正によって、医療法人の経営の透明性を高めるため、一定基準に該当する医療法人の計算書類について、医療法人会計基準に従って作成し、公認会計士等による外部監査の実施、公告等が義務付けられました。その運用状況や実態を把握するため、2020年10月5日に、公益社団法人全日本病院協会、一般社団法人日本医療法人協会、独立行政法人福祉医療機構が、「医療法人の会計監査報酬」に関するアンケート調査の結果概要を発表いたしました。今回は、このアンケート調査の結果を踏まえて、会計監査の有効活用方法を検討したいと思います。
1.監査報酬は高いのか?
今回のアンケート調査は有効回答数121法人ですが、そのうち42法人が監査報酬に対する印象について回答しています。その約67%が、監査報酬について「高い」又は「やや高い」と回答しています。一方で監査のメリットとして、「会計上の標準化・透明性が高まった」、「内部統制環境の整備に役立った」等の意見があったようです。
そもそも、監査報酬は何の対価でしょうか。法で要求されている「監査報告書」という書面への対価だけであれば高いと感じられる方も多いかもしれません。現に、監査報酬が1百万円未満であっても、40%は「やや高い」と感じておられるようです。一方で3百万円以上、4百万円未満の階層では、67%が「やや安い」と感じておられるようです。この差は会計監査をどれだけ有効に活用したかどうかに拠っているのではないでしょうか。
2.会計上の標準化・透明性の向上
従来、医療法人の会計は主として税法基準で行われていました。医療法人会計基準が要求する賞与引当金や退職給付引当金の計上等は行われておらず、リース会計基準が考慮されていない法人が散見されていました。その結果、例えば大量に退職者が発生した年度の損益に思わぬ影響を与えたり、リース物件を資産として計上せず、貸借対照表上の固定資産が医療法人の規模を適切に現していなかったりすることがありました。これらの現象は、医療法人を経営するうえで必要な意思決定の阻害要因となりうる可能性があります。
確かに、監査導入時には過年度の計上不足の引当金や、減価償却の不足額、減損損失の計上等大きな影響を受けた法人もあるかもしれません。しかし、それによって法人の規模や収益力を適切に表す本当に必要な情報を得ることが出来たのではないでしょうか。多くの場合、損益には大きな影響があっても、キャッシュフローには影響のないものです。これまで事務方が理事会で説明しても受け入れられなかった会計処理が、会計監査をたてに説明しやすくなったことは、会計監査の有効活用の一例ではないでしょうか。
3.内部統制の整備・運用
会計監査を実施する場合、会計監査人は被監査法人の内部統制の整備・運用状況を評価し、実施すべき監査手続を決定します。内部統制が有効に機能していれば、監査人はその内部統制に依拠して監査手続を削減することができます。逆に内部統制が有効に機能していなければ、追加の監査手続が必要になることがあります。これらの監査手続の多寡は監査報酬に影響を与えます。
つまり、内部統制を整備・運用することは、医療法人にとっては経営の効率化が図られるとともに、監査報酬の削減に寄与することになります。さらに、事務方はこれまでも内部管理体制の強化を経営陣に提言されていたかもしれませんが、法人内の力関係でなかなか受け入られなかったこともあったかもしれません。そのような時に会計監査を活用して、本来改善すべき法人内での課題を解決することが出来れば、監査報酬は高くないと感じられるのかもしれません。
4.会計監査の有効活用
会計監査は制度として現状回避できない状況にあります。どうせ監査報酬を払うのであれば、会計監査を最大限に活用し、医療法人経営や内部統制向上に役立てるために使うべきではないでしょうか。専門性の高い医療分野での質の高い監査に対してのみならず、法人経営の向上や内部統制の充実に資するような助言や付加価値の提供に対して納得できる監査報酬となることを期待します。