2021年3月号 医療法人の決裁権限における留意点
公認会計士 迫口 博之
大手・中堅監査法人を経て平成28年に御堂筋監査法人の設立に参画。以来、主に医療法人の内部統制指導、監査業務に従事。御堂筋監査法人 代表社員。保有資格:公認会計士/システム監査技術者/医療情報技師。
医療法人の中には、全ての決裁案件について理事長決裁を必要とされている法人があります。しかし、事業規模を拡大していくに従って、理事長が全ての状況を把握して意思決定することは限界を迎えることになります。そこで今回は、医療法人の権限委譲と理事会及び社員総会の決議事項を中心に、医療法人の決裁権限における留意点について解説いたします。
1.権限委譲の必要な法人
全ての案件について理事長決裁を必要とし、理事長が稟議書の内容を確かめずに判を押していたり、理事長の机に未承認の稟議書が積み上げられていたりする事例が少なからず見受けられます。
このように理事長の処理能力の限界を超えているにも関わらず、他人に判断を委ねる不安から権限委譲が全く行われていない法人においては、権限委譲することをオススメします。
2.権限委譲のメリット
権限委譲を行うことにより、一般的に以下のメリットがあります。
①責任感を持って仕事をすることで職員のモチベーションアップにつながる。
②意思決定のスピードが上がる。
③理事長が戦略やマネジメント業務により専念できる。
これらのメリットは医療法人にも共通しますが、医療を取り巻く環境が複雑化・多様化し、経営戦略が重視される今日においては、特に③のメリットは重要といえます。
3.権限委譲をする際の留意点
権限委譲する場合は、どの職位にどのような権限を与えるのかを明確にする必要があります。そのためには『職務権限規程』を整備して役職と権限・責任の関係を明確化し、職員に周知することが求められます。また、権限委譲される者は職務を遂行した後、上司に対して報告する責任があります。報告を受ける者は途中経過をチェックし、適切な指示・指導を行う責任があります。
4.理事会の専決事項
平成27年の医療法改正により、ガバナンス強化のため以下の項目が理事会の決議事項として定められました。これらは理事全員の協議により慎重な判断を行わせるために理事会の専決事項とされており、理事長に一任することが出来ないため注意が必要です。
(1)重要な資産の処分及び譲受けの決定
(2)多額の借財の決定
(3)重要な役割を担う職員の選任及び解任の決定
(4)従たる事務所その他の重要な組織の設置、変更及び廃止の決定
なお、「多額の」「重要な」は具体的にどの程度を指すのか質問を受けることがありますが、法令上、一律の基準は規定されていません。各法人において、法人の規模、総資産に占める割合、取引の目的等を総合的に判断し、理事会で決議すべき項目について具体的な基準を設ける必要があります。
5.その他重要案件の決議
理事会の専決事項以外の項目でも、リスクが高い取引や特殊な取引については十分な討議をするため、理事会の決議事項とすることをお勧めしています。但し、理事会を年2回しか開催しない法人では機動性に欠けるのも事実です。このような法人では、運営会議等の既存の会議体を決議機関とする運用方法が考えられます。
6.社員総会の決議事項
平成27年の医療法改正により、以下の項目については社員総会の決議事項とされたため、理事会に一任することが出来ません。
(1)理事及び監事の報酬の決定(定款で定められていない場合)
(2)理事及び監事の選任及び解任
(3)役員等の損害賠償責任の免除
上記の内、「監事の報酬の決定」及び「役員が重任する場合の重任決議」については決議漏れが生じやすいため、ご留意下さい。