2020年12月号 医療法人における退職給付引当金の会計処理
公認会計士協会準会員 岡林 誠
上場企業の会計監査や上場準備支援業務を経験後、御堂筋監査法人に入社。現在、医療法人及び社会福祉法人を中心として監査業務に従事している。
医療法人会計基準適用によって医療法人においても退職給付引当金の計上が必要になりました。原則法による退職給付引当金の計算は煩雑であり手間がかかりますが、医療法人においては事務処理負担を軽減するための政策的配慮から、広く簡便法の採用が認められています。計算の方法は簡単になっていますが、計算の過程で間違いが起こりやすい点があります。そこで今回は、簡便法による退職給付引当金の計算においての留意事項をご説明します。
1.医療法人における退職給付会計
「医療法人会計基準適用上の留意事項並びに財産目録、純資産変動計算書及び附属明細表の作成方法に関する運用指針」(以下、運用指針)によると、医療法人であっても退職給付引当金を計上する必要があり、その計算は企業会計同様「退職給付に関する会計基準」(以下、退職給付会計基準)に基づいて行われる必要があります。しかし、退職給付債務を原則法で計算することによる医療法人への事務処理負担を軽減させるために、運用指針で前々会計年度末の負債総額が200億円未満の医療法人においては、簡便法を適用することができるとされています。
2.簡便法適用対象
簡便法は、退職給付会計基準においても従業員数が300人未満、もしくは年齢や勤務期間に偏りがあるなどにより、原則法による計算の結果に一定の高い水準の信頼性が得られないと判断される場合に適用が認められています。それに加え、前述の通り、前々会計年度末の負債総額が200億円未満の医療法人に簡便法の適用が認められています。会計監査対象と想定される大阪府の法人で財務情報が入手できた29法人を調査した結果、実に21法人が簡便法を適用していることから、医療法人では、退職給付会計は簡便法による法人が多数を占めることが伺えます。
3.簡便法の算定方法
簡便法は、「退職給付に関する会計基準の適用指針」では複数の方法が認められています。しかし、上述の調査では簡便法を採用した21法人全てが自己都合要支給額を退職給付債務とする方法を採用しています。計算が簡単で事務処理負担が最も軽いためと思量されます。
4.計算においての留意事項
期末要支給額は、法人の退職金規程等に従って計算されますが、ここで間違いやすい事例をいくつか紹介します。
退職金の支給が一定の勤務期間を超えないと支給されない場合に支給対象者を誤るケースがあります。例えば、勤続年数3年超で退職金が支給されるような場合、この新たに支給対象者となる従業員を漏れなく自己都合要支給額の計算に含めることが必要になります。入職当初は対象外のパートであった人が正社員となった場合、正社員になって3年経過後に対象に含める必要がありますが、このような従業員が計算から漏れることが多々あります。
また、産休等を取得して勤続年数の計算に控除すべき年数がある場合にも留意が必要です。従業員ごとに控除すべき期間を正確かつ網羅的に把握し、要支給額の計算に適切に反映させるため、人事情報について人事と経理とで連携することも重要です。
5. 適用時差異の処理
医療法人会計基準適用に伴い、新たに退職給付に関する会計処理を採用し、多額の差異が生じる可能性があります。運用指針では、当該影響額(適用時差異)については、適用後15年以内の一定の年数又は従業員の平均残存勤務年数のいずれか短い年数にわたり定額法で費用処理することができるとされています。しかし、一般に看護師や介護士等の離職率が高い業界ですので、平均残存勤務年数が短く、短期間で費用処理を強いられるケースもあるようです。
このように簡便法でも退職給付引当金の計算には様々な論点がありますのでご留意ください。