2022年11月号 医療法人における理事との利益相反取引
公認会計士 迫口 博之
大手・中堅監査法人を経て2016年に御堂筋監査法人の設立に参画。以来、主に医療法人の内部統制指導、監査業務に従事。御堂筋監査法人 代表社員。保有資格:公認会計士/システム監査技術者/診療情報管理士。
平成28年9月に施行された改正医療法により、医療法人の理事と医療法人が利益相反取引を行う場合の特別代理人制度が廃止され、理事会での重要事案の開示と理事会による承認を受けることとなりました。制度施行からある程度の年数が経過しましたが、現場の運営状況を見ていますと制度内容がまだ十分に理解されていないようです。そこで今回は、理事の利益相反取引制度について解説したいと思います。
1.利益相反取引の制度改正
従来、理事と医療法人の利益が相反する取引(利益相反取引)を行う際には、取引の公正性を担保する観点から、医療法人は各都道府県知事に申請のうえ「特別代理人」の選任を行い、契約は、理事個人と医療法人の「特別代理人」が交わすという手続きが義務付けられていました。
平成28年9月に施行された改正医療法で、この「特別代理人制度」が廃止され、医療法人のガバナンス強化の観点から、理事が医療法人の利益と相反する取引を行う場合の承認手続や責任に関する新たな規定が設けられました。
2.利益相反取引の具体例
利益相反取引を原則として禁止する趣旨は、医療法人の利益を犠牲にして理事個人の利益を図ることを防ぐことにあります。この医療法人の利益に反する取引として、医療法では以下の2つの類型を規定しています。
1.理事が自己又は第三者のために医療法人と取引をしようとするとき 2.医療法人が理事の債務を保証することその他理事以外の者との間において医療法人と当該理事との利益が相反する取引をしようとするとき |
この1.を直接取引による利益相反取引、2.を間接取引による利益相反取引といいます。それぞれいくつかの具体例を挙げてみます。
① 直接取引による利益相反取引の具体例
【具体例1】理事と医療法人間で行われる不動産の売買契約
【具体例2】医療法人から理事へ行われる車両の贈与
【具体例3】医療法人の業務のため理事所有の不動産を医療法人が賃借
【具体例4】医療法人の業務のため理事からの資金借入れ(担保・利息が生じるもの)
【具体例5】理事が代表取締役である株式会社(いわゆるMS法人)からの商品購入
② 間接取引による利益相反取引の具体例
【具体例1】理事と第三者間の債務を医療法人が保証する契約
【具体例2】理事が第三者間に負担する債務を引き受ける契約
3.利益相反取引の例外
制度の趣旨から、明らかに医療法人に不利益が生じない取引は利益相反取引にあたらず、理事会の承認を要しないとされています。例えば、次のようなケースが該当します。
- 理事が医療法人に無償(無利息・無担保)で金銭を貸し付ける場合。
- 理事から医療法人への無償譲渡、無償贈与
- 理事の医療法人に対する債務の履行
上記以外のケースにおいて、利益相反取引になるかどうかの判断がつかない場合は、その行為をする前に理事会の承認を受けた方がよいでしょう。
4.利益相反取引を行う場合の手続
① 事前承認
理事が利益相反取引を行う場合、理事会で重要な事実を開示し、理事会の承認を受ける必要があります。この場合の承認については、取引の都度受けるのが原則です。しかし、特定の取引先と反復継続して取引することが想定されるような場合には、取引の都度承認を得るというのでは煩雑ですので、重要な事実の開示により将来反復される個々の取引内容を特定できるのであれば、包括的に承認することも可能です。
また、取引金額は法人に損害が生じないよう、原則として第三者との取引と同等の条件で設定する必要があります。
なお、理事会では当該理事は特別の利害関係を有しており、法人のために決議を行うことは期待できないため、理事会の決議には加わることはできません。実務上は、このような理事が一旦退席した上で決議が行われることも多いようです。
② 事後報告
理事会の承認を受けて取引をした理事は、その取引後遅滞なく、当該取引についての重要な事実を理事会に報告する必要があります。筆者の経験上、事前承認は受けていても、事後報告を失念するケースを多く見てきましたので、報告を漏れなく行い、理事会議事録に報告内容を記載する必要がある点にご留意ください。
5.承認を受けずに行われた利益相反取引の効力
理事が理事会の承認を受けないでなされた利益相反取引は、原則として無効になります。
しかし、第三者を保護するための例外的な扱いがあり、承認を受けていないことを知らずに利害関係を持った第三者に対しては、医療法人は無効を主張できないとされています。
このように理事会の承認なく行われた場合、取引の効力に重要な影響を及ぼす可能性があるため、利益相反取引に該当するかどうかの判断が困難な場合には、理事会の承認を受けることをお勧めします。
6.理事の損害賠償責任
① 利益相反取引を行った理事
利益相反取引によって医療法人が損害を被った場合、利益相反取引を行った理事は医療法人に対して損害賠償責任を負うことになります。この点、理事会の承認があったかどうかを問わず、理事会の承認があった場合でも、医療法人がその取引によって損害を受けたのであれば、理事は医療法人に対して損害賠償責任を負うことになります。
② 上記以外の理事
当該取引を行った理事だけでなく、当該取引をすることを決定した理事や当該取引に関する理事会の承認決議に賛成した理事についても、不注意がなかったことを証明しない限り損害賠償責任を負うことになります。
このように理事の責任が重くなっているのは、利益相反取引は法人に損害を与えるリスクが高いためです。そのため、利益相反取引は極力行わないか、行うとしても取引の必要性・適切性については慎重に判断する必要があります。