2022年12月号 社会福祉法人の資金使途制限(1)介護保険事業
公認会計士 田中 久美子
1993年から大手監査法人で監査業務・M&A支援業務に従事し、中国への海外赴任を経て2017年御堂筋監査法人に入社。医療法人及び社会福祉法人の監査業務に従事。同志社大学大学院で内部統制、内部監査の講義を担当。御堂筋監査法人代表社員。
社会福祉法人は、社会福祉事業を行うことを目的として社会福祉法の定めるところにより設立された法人であり、その経営する社会福祉事業に支障がない限り、公益事業、収益事業を行うことができます。そのため、一つの社会福祉法人で複数の事業を行っていることが多いですが、事業の性質によって資金使途制限が設けられており、事業間で資金を効率的に融通することに制約があることがあります。これは事業ごとに制限される通知が異なり、混同されている方も多いのではないでしょうか。今回は、その中でも介護保険事業に関する資金使途制限について、「特別養護老人ホームにおける繰越金等の取扱い等について」に基づいて、誤解を恐れずできるだけ簡単にご説明させていただきたいと思います。
1.社会福祉事業の性質
社会福祉事業は、本来国や地方公共団体が実施すべきものです。しかし、国や地方公共団体が直接実施することには限界があるため、主たる担い手として機能しているのが社会福祉法人ということになります。つまり、社会福祉法人は国や地方公共団体が実施すべき事業を代行していることになりますので、その事業運営に必要な資金が国や地方公共団体から拠出されているという建付けになります。ですので、拠出された資金はその事業で必要なものであるため、余剰が出ることはそもそも想定されておらず、また他の事業に充当することはできないとされていました。しかし、多様化する地域のニーズに柔軟に対応するため、資金について弾力的運用の範囲が拡大されてきました。
そのような状況の中、平成12年度に介護保険制度が導入され、それまでの国や地方公共団体が提供するサービスを判断して事業者に委託する仕組み(措置制度)から、利用者と事業者との直接的な契約となり、事業に必要な資金の拠出ではなく、契約に基づく報酬となったことから、資金使途制限が緩和されることになりました。同様に、障害者(児)事業も利用者と事業者との契約になるため、資金使途制限の緩和が図られていますが、私立保育所については契約が利用者と行政という関係があるため、介護保険事業や障害者(児)事業と比べて資金使途制限が厳しい状況が続いています。
2.介護保険事業における弾力的な資金運用
介護保険法に定める指定を受け報酬を受けている場合は、その運営に必要な資金の使途については原則として制限はありません。しかし、介護保険事業で得た資金は、以下の経費には充当することができないとされています。
① 収益事業に要する経費
② 社会福祉法人外への資金の流出(貸付を含む)に属する経費
③ 高額な役員報酬など実質的な剰余金の配当と認められる経費
3.資金の繰入れ
資金の繰入れとは、ある事業において余裕資金があり、他の事業において資金不足の場合、前者から後者に資金を渡すことを言います。健全な運営を確保する観点から、他の社会福祉事業等又は公益事業へ資金を繰入れる場合は以下の要件をいずれも満たす必要があります。要は余裕資金が定義され、その範囲内なら可能ということになります。なお、収益事業への繰入れはできません。
(1)事業活動資金収支差額に資金残高が発生
(2)当期資金収支差額合計に資金不足が生じない範囲内
ただし、介護保険法第23条に規定する居宅サービス等の事業(介護保険事業)へ資金を繰入れる場合は以下の要件を満たすだけとなります。
(3)当期末支払資金残高に資金不足が生じない範囲内
つまり、本部や公益事業、介護保険事業以外の社会福祉事業への繰入れには(1)と(2)いずれも満たす必要がありますので、例えば資金残高があったとしても当期の資金収支が悪ければ繰入れができないこともあります。一方、介護保険事業への繰入れには(3)のみですので、たとえ当期の資金収支が悪くても、当期末支払資金残高がプラスであれば繰入れ可能ということになります。 制限範囲内での繰入れとなる要件はありますが、繰入れた資金を年度内に精算する必要はありません。
4.資金の繰替使用
資金の繰替使用とは、同一法人内の事業区分間、拠点区分間、サービス区分間での資金の一時的な貸借のことを言います。介護保険事業の資金は、他の社会福祉事業等、公益事業、収益事業との間で一時的に貸し借りをすることが認められています。資金の繰替使用は、収益事業に対してもできる点が資金の繰入れとは異なります。
一方で、一時的な資金の貸借なので、年度内に補充することが求められていますが、介護保険法第23条に規定する居宅サービス等の事業(介護保険事業)への繰替使用は年度内精算が求められておらず、貸借を繰越すことができる点に留意が必要です。
5.まとめ
介護保険事業の資金の繰入れと繰替使用との差異をまとめると以下の通りとなります。
※1 当期末支払資金残高に資金不足が生じない範囲内で実施可能
※2 事業活動資金収支差額に資金残高があること、かつ、当期資金収支差額合計に資金不足が生
じない範囲内で実施可能
※3 年度内に補填必要
社会福祉法人における介護保険事業の資金使途制限について、よく誤解されている点にのみ焦点を当てて、簡単に説明させていただきました。皆様の理解の整理にお役立ていただけましたら幸いです。