2024年1月号 医療法人の有価証券保有について
公認会計士試験合格者 寺嶋 美香
元臨床検査技師。医療従事者として病院等での勤務を経て、公認会計士試験合格後、御堂筋監査法人に入所。現在は元医療従事者としての経験を活かし、主に医療法人の監査業務を担当。
医療法人の有価証券保有に関して、法的規制はありません。しかし、厚生労働省が公表するモデル定款において『資産のうち現金は、医業経営の実施のため確実な銀行又は信託会社に預け入れ若しくは信託し、又は国公債若しくは確実な有価証券に換え保管する』とされており、「確実な有価証券」についての判断に迷われるケースがあると思います。
そこで、医療法人が保有できる有価証券の範囲や会計処理及び必要とされる内部統制について説明したいと思います。
1.医療法人が保有できる有価証券
<概要>
有価証券の保有に関して、医療法や医療法施行規則等による法的規制はありません。
しかし 、厚生労働省の「医療法人運営管理指導要綱」において以下のように記載されています。
医療法人の定款は上述のとおり、厚生労働省のモデル定款に準拠することが求められます。
そして、モデル定款において資産のうち現金は「確実な有価証券」に換えて保管するとされており、多くの医療法人の定款においても同様に定められています。
<「確実な有価証券」の判断基準>
ここで、「確実な有価証券」とはどの範囲を指すのか、「国公債」のように明記されていないため解釈に幅が生じますが、少なくとも「国公債」と同レベルの安全性や確実性が求められると考えられます。例えば、「国公債」以外の債券(社債・円建て外債・外貨建て債券等)や株式で運用を行うにあたって、日本国債と同等以上の格付けであれば、「確実な有価証券」と判断する余地があるとも考えられます。しかし、株式には元本割れのリスクがあることや外貨建て債券は為替変動のリスクがあることを考慮し、慎重な判断が必要となると考えられます。
加えて、株式に関しては上述の「医療法人運営管理指導要綱」のかっこ書きにより、『売買利益の獲得を目的とした株式保有は適当でないこと』とされていることから、売買目的の株式保有は適当ではありません。また、医療法第7条により、医療法人は非営利であることが求められています。この点について、厚生労働省の「医業経営の非営利性等に関する検討会」にて用いられた資料において、一般的な非営利法人制度として『株式等を保有する営利企業の全株式の2分の1を超える株式等の保有を行ってはならない』と記載されており、医療法人も支配権を獲得するような株式の保有はできないと解することができます。
そのため、売買目的の有価証券や支配権を有する株式の保有は想定されていません。株式を保有する場合は、この点にも留意する必要があります。
上記を踏まえ、法人として「確実な有価証券」を判断し、その運用方針を定めることが望ましいと考えられます。
2.有価証券保有に関する内部統制
上述の通り「確実な有価証券」の解釈には幅があるため、法人が「確実な有価証券」と判断し保有していた場合であっても、医療法人を管轄する都道府県の判断により、定款違反として指導を受ける可能性があります。
そのため、医療法人が有価証券を保有する際は以下のような内部統制を整備し、「確実な有価証券」と法人が判断する基準や判断の過程を示しておくことが望ましいと考えられます。
① 資金運用管理規程を作成し、法人としての有価証券運用方針や運用体制を整備する
【記載すべき項目】
目的、運用管理に対する権限、運用される資産、運用対象、参考とする格付け評価機関、格付け評価、運用期間、運用報告等
② 有価証券取得に際し、理事会決議を経ることを要件とする
3.有価証券の会計処理
医療法人会計基準では、金融商品の会計処理は基本的に企業会計と同様に取り扱われるため、金融商品に関する会計基準が適用され、有価証券は保有目的によって分類し、その分類により評価が行われます。
そして、「1.医療法人が保有できる有価証券」で述べた通り、医療法人が保有する有価証券として「売買目的有価証券」や「子会社株式及び関連会社株式」は想定されていません。
そのため、医療法人が保有する有価証券は主に「満期保有目的の債券」、「その他有価証券」に分類され、以下の様に評価されることとなります。
<評価及び会計処理>
① 満期保有目的の債券:主に利息の受取りを目的とし、満期まで所有する意図をもって保有する債券
評価基準…取得原価または償却原価 ※
※ 重要性の原則により取得価額と債券金額との差額について重要性が乏しい場合は、償却原価法を採用しないことができる。
② その他有価証券:上記①に該当しない有価証券
評価基準…時価評価し、評価差額は損益とせずに洗い替え方式に基づき以下の方法により処理
ⅰ)全部純資産直入法
評価差額に税効果を適用し純資産の部に計上
ⅱ)部分純資産直入法
時価が取得原価を上回る場合、評価差額に税効果を適用し純資産の部に計上
時価が取得原価を下回る場合、評価差額を当期の損失として処理
注1)原則的処理はⅰ)全部純資産直入法
継続適用を条件としてⅱ)部分純資産直入法を適用することが可能
注2)その他有価証券に含まれる債券のうち、取得価額と債券金額との差額が金利の調整と認められるものについては償却原価法を適用したうえで、償却原価と時価との差額を評価差額として計上
注3)市場価格のない株式等は、取得原価をもって貸借対照表価額とする
上記をまとめると下表となります。
<減損処理>
上述の通り「満期保有目的の債券」は時価評価されず、「その他有価証券」は時価評価されても評価差額は損益とされません。しかし、その価値が取得価額に比べ著しく下落している場合は減損処理を行い、減損処理後の価額を貸借対照表に計上し、評価差額を損益計算書に計上する必要があります。
① 時価のある有価証券(株式・債券)
時価が著しく下落した場合は回復する見込みがあると認められる場合を除き、当該時価をもって貸借対照表価額とし、評価差額は当期の損失として処理
「著しい下落」に該当するケース
⇒有価証券の時価が取得原価に比べて50%程度以上下落した場合
⇒有価証券の時価が取得原価に比べて30%以上50%未満下落した場合は、法人が設けた合理的な基準に該当する場合
② 市場価格のない株式等
発行会社の財政状態の悪化により実質価額が著しく低下したときは、相当の減額をなし、評価差額は当期の損失として処理
「著しい低下」に該当するケース
⇒実質価額が取得原価に比べて50%程度以上低下した場合
<注記>
① 有価証券の評価基準及び評価方法は重要な会計方針に該当するため注記
② 満期保有目的の債券に重要性がある場合は、債券の内訳、帳簿価額、時価及び評価損益を注記