2024年2月号 医療法人のM&Aにおける財務DDの必要性
公認会計士 森 康友
平成25年に税理士法人日本経営に入社し、医療・介護分野における会計・税務業務に従事。現在、御堂筋監査法人において、主に医療法人の監査業務を担当。保有資格:公認会計士/医療経営士
昨今、事業拡大・効率化や後継者不在による事業承継などを目的として医療法人間でのM&Aが盛んに行われるようになってきています。しかし、その一方でM&A後にトラブルが発生するケースも散見されます。M&A後のトラブルを未然に防ぐ方法の1つとして財務デューデリジェンス(以下、財務DD)が挙げられますので、今回は財務DDについて解説をしたいと思います。
1.財務DDとは
財務DDとは、M&A取引において、対象法人または対象事業(以下、対象法人等)の財務状況やリスクなどを調査することです。買収価格の決定やM&Aを実施するか否か等、M&Aに係る意思決定を行うための情報を入手することを目的として実施するものになります。
2.発生しやすいトラブル
医療法人のM&Aにおいて発生しやすいトラブルとして主に下記のものが挙げられます。
・現金の過大計上
定期的な現金実査が実施されていないなど、適切な管理が行われておらず、実際の現金残高と帳簿上の現金残高に乖離が発生している。その結果、多額の損失が発生することとなる。
・医業未収入金の過大計上
国民健康保険連合会や社会保険支払基金健康保険組合に対する債権について返戻・査定の処理が適切に行われておらず、回収可能性がない債権を計上している。また、患者に対する債権について長期間滞留しており、回収の見込みがないにもかかわらず貸倒処理や貸倒引当金の計上が行われず適切に評価されていない。その結果、多額の損失が発生することとなる。
・施設基準要件の不適切な管理
看護配置基準や施設整備要件など、取得している診療報酬の加算に係る要件の管理が適切に行われず、当該要件を充足できていない。その結果、人員募集や施設整備に大きな支出が必要となる、見込まれていた診療報酬が確保できないこととなる。
・固定資産の過大計上
過年度において減価償却の処理が適切行われていない、既に除却されている資産が計上されている、設備を適切に運用していないために設備の機能が大きく劣化しているなどにより、固定資産の価値が適切に帳簿価額に反映されていない。その結果、設備の取得や改修などが必要となり大きな支出が発生することとなる。
・リース契約の不適切な管理
リース契約の管理が適切にされておらず、同じ機能を有する資産に対して複数のリース契約を締結している。またはリース契約は存在するものの対象となる資産は存在していない。その結果、不必要なリース料を支払うこととなる。
・退職給付引当金の未計上
退職金規定が定められており、退職金を支払う義務が発生しているにもかかわらず、当該債務が計上されていない。その結果、多額の損失が発生することとなる。
・未払残業代の未計上
本来残業代の支払いが必要であるにもかかわらず、いわゆる「サービス残業」として取り扱い時間外手当が支払われていない。その結果、社会的信頼の低下や多額の損失が発生する。
3.財務DDの必要性
医療法人においては、地域医療計画により二次医療圏ごとに必要病床数が決められているため、事業拡大や特定地域への進出を目的として、病院の病床を自由に増やすことが出来ず、また新たな病院を建設し運営するためには医師や看護師など多くの人材を確保する必要がありますが、これらの人材を確保することが困難な状況となっています。これらの問題を解決するため、既存の病院をM&Aにより取得するケースが増加してきています。しかし、当該目的を達成することを重視するあまり、対象法人等の財務状況や経営成績などを充分に把握せず、また取得後の事業計画を詳細に検討することなくM&Aを実施しているケースが見受けられます。このようなケースでは、上述したようなトラブルが発生する可能性が高まります。対象法人等が作成した決算書等の財務情報や仲介会社から提供された資料を鵜呑みにすることなく、事前に財務DDを実施するなど、自法人で対象法人等を適切に把握することが、M&Aを成功させる要因の1つとなります。
財務DDにより主に下記の項目を把握することが可能となります。
①実態貸借対照表
貸借対照表上に計上されている資産の実在性や評価の妥当性、簿外負債の把握等が可能となります。
把握できるものの例としては下記のようなものが挙げられます。
・現金実査を実施し、計上されている現金が実在するのか把握する。
・固定資産について実査を実施し、計上されている固定資産が実在するのか把握する。
・建物や土地といった固定資産を時価評価し、当該資産の適正な資産価値を把握する。
・医業未収金について滞留状況を確認し、回収可能性の有無を検討し、適正な資産価値を把握する。
・退職金規定の有無や内容を確認し、認識されていない債務を把握する。
②正常収益力
対象法人等を引き継ぐことにより獲得することができると想定される正常な収益力を把握することが可能となります。具体的には、M&A実施後は発生しない又は新たに発生する収益・費用を把握し、損益計算書に計上されている収益・費用を調整することで経常的に確保できる利益を把握することが可能です。
M&A実施後は発生しないと見込まれるものの例
・臨時的な収益・費用
・現役員に対する役員報酬
・重複しているリース料
・総務経理等の事務機能を本部等で一括管理することに伴う経費削減分 など
M&A実施後に新たに発生すると見込まれるものの例
・計上されていなかった退職給付費用
・新たに就任する役員の役員報酬 など
上記を把握することは、M&Aの実施の判断や実施する際の取引価額を検討するためにとても重要な情報となります。適切な情報を得なければ、適切な経営判断をすることはできません。
4.まとめ
今回は財務DDについて解説しましたが、その他にも法務DDや人事DDなどがあり、「許認可や訴訟などの法的リスク」や「労使関係の問題の有無」などを把握することができます。必ずしもすべての項目を実施する必要はありませんが、M&Aの実施にあたりどのような情報を事前に入手する必要があるのかを充分に検討し、必要な事前調査を実施することが重要となります。