2024年8月号 医療法人における固定資産の減損について
公認会計士試験合格者 寺嶋 美香
元臨床検査技師。医療従事者として病院等での勤務を経て、公認会計士試験合格後、御堂筋監査法人に入所。現在は元医療従事者としての経験を活かし、主に医療法人の監査業務を担当。
企業会計における固定資産の減損会計では、収益性の低下により投資額の回収が見込めなくなった場合に、一定の条件の下で回収可能性を反映させ帳簿価額を減額する会計処理が行われます。
固定資産の減損を考える際、企業会計基準における減損会計をイメージされる方も多いと思いますが、医療法人会計基準における減損会計は企業会計基準とは異なります。このため、誤った方法により減損処理を行っているケースもあるのではないでしょうか。
今回は、「医療法人会計基準に関する実務上のQ&A」をもとに、医療法人における固定資産の減損会計の適用について説明したいと思います。
1.医療法人における固定資産の減損会計の概要
企業会計における固定資産の減損会計は、収益性の低下により投資額の回収が見込めなくなった場合に、一定の条件の下で回収可能性を反映させるように帳簿価額を減額する会計処理であり、収益性を拠り所としています。
しかし、非営利法人である医療法人は、収益の獲得を一義的な目的としていないことから、収益性を拠り所とする企業会計基準をそのまま適用することは理論的でないとされ、医療法人会計基準では『資産の時価が著しく低くなった場合には、回復の見込みがあると認められるときを除き、時価をもって貸借対照表価額とする』とされており、考え方としては時価の低下による強制評価減を行うことになります。この点が、収益性の低下等、減損の兆候がある場合に減損損失を認識するかどうかの判定を行う企業会計とは異なるフローとなっています。
ただし、使用価値が時価を超える場合には、『その取得価額から減価償却累計額を控除した価額を超えない限りにおいて使用価値をもって貸借対照表価額とすることができる』とされており、帳簿価額を超えない限り使用価値による評価も容認されています。つまり、時価の著しい下落があって初めて使用価値で評価するかどうか検討するのであり、収益性の低下により使用価値が下がっていても、時価が著しく下落していなければ減損しないというのが医療法人会計基準の特徴となります。医療法人会計基準における減損会計は、企業会計基準の減損会計をそのまま導入していない公益法人と足並みを揃えており、同じ民間非営利法人である公益法人会計基準と同様の内容となっています。
2.医療法人における減損判定の実務上の問題点
減損会計適用の具体的なフローは下図のとおりとなります。なお、減損の判定は毎期実施することが必要です。
【判定1~3】にて、原則となる強制評価減の判定(帳簿価額と時価の比較)を行っており、【判定4~7】にて、使用価値による評価の判定を行います。以下、それぞれのフローについて、説明したいと思います。
【判定1】
減損処理の対象資産は、他の会計基準に減損処理に関する定めがある資産(金融資産、繰延税金資産等)を除き、すべての固定資産が対象となります。しかし、『通常に使用している什器備品や車両運搬具まで厳密に時価を把握する必要はない』とされており、償却資産については、正規の簿記として償却計算がされているものは適正な簿価を時価とみなし、主に非償却資産である土地の時価を把握することとなります。
実務上、土地の時価は路線価や固定資産税評価額を基に算定されることが多いです。対象の土地が倍率地域等で路線価がない場合は固定資産税評価額を把握する必要があります。時価の算定に固定資産税評価額を用いる場合、社会医療法人では、救急医療等確保事業を行う病院・診療所の固定資産税等は非課税とされており、固定資産税の課税明細書に固定資産税評価額が記載されていないケースがありますが、この場合、市(区)役所や町村役場へ確認する必要があります。これらの方法で合理的な時価の算定が行えない場合は、鑑定評価を行う等、評価方法を検討する必要がありますが、もちろん鑑定評価にはコストがかかります。
【判定2,3】
『資産の時価が著しく低くなった場合とは、時価が帳簿価額からおおむね50%を超えて下落している場合をいうものとする』、『その回復可能性は、相当の期間に時価が回復する見込みであることを合理的な根拠をもって予測できるか否かで判断することが必要になる』とされていますが、実務上、回復可能性を合理的な根拠をもって予測できるケースは限定的であるため、多くの場合、50%を超えて下落した場合は回復可能性がないと判断されると考えられます。
【判定4~7】
著しい時価の下落があり、回復可能性がないと判断された場合でも、例外として、対価を伴う事業に供している固定資産は、使用価値が時価を超える場合には、帳簿価額を超えない限り、使用価値により評価を行うことができるとされています。
使用価値とは、固定資産の継続的使用と使用後の処分によって生ずると見込まれる将来キャッシュ・フローの現在価値により算定されますが、これは、企業会計に準じた方法となります。
使用価値の算定において、企業会計上の実務で割引率にWACCを用いることが考えられます。しかし、医療法人は配当が禁止されており、自己資本コストはゼロとなるため、妥当な割引率として何を使用するかを慎重に検討する必要があります。
また、使用価値を算定する場合は、資産又は資産グループを見積りの単位として行うことができるとされていますが、その単位は、他の資産または資産グループのキャッシュ・フローから概ね独立したキャッシュ・フローを生み出す最小の単位で行うこととなるため、医療法人の場合、実務上は病院や老健といった施設ごとに土地、建物、医療機器等を一つの資産グループとすることが考えられます。
【減損処理後の会計処理】
減損処理後の減価償却は、減損処理によって評価替えされた新たな簿価によって残存耐用年数にわたって償却計算を行います。減損損失の戻入れは行いません。
3.減損に関する開示
<貸借対照表>
貸借対照表での表示は、減損処理前の取得価額から減損損失を直接控除し、控除後の金額をその後の取得価額とする形式(直接控除形式)が原則的な方法とされていますが、減損損失累計額を取得価額から間接的に控除する形式(間接控除方式)で表示することも認められており、この場合、減損損失累計額と減価償却累計額を合算して表示することもできます。
<損益計算書>
減損損失は、原則、損益計算書の特別損失の部に計上します。
<注記事項>
重要な減損損失を認識した場合は、減損の対象となった固定資産、減損損失の金額・評価金額の算定方法等を注記することが望ましいとされています。