2025年1月号 医療法人の給与計算の留意点
公認会計士試験合格者 寺嶋 美香
元臨床検査技師。医療従事者として病院等での勤務を経て、公認会計士試験合格後、御堂筋監査法人に入所。現在は元医療従事者としての経験を活かし、主に医療法人の監査業務を担当。
医療法人では様々な職種の方が従事し、その雇用形態や勤務形態は様々で複雑になっています。
また、人件費は医療法人の費用に占める割合が大きく、適切な管理が行われない場合、法的リスクが高まり、トラブルの原因となる惧れがあります。そのため、内部統制の適切な整備・運用が重要となります。
今回は、そのような医療法人の人件費の中でも、給与計算の留意点について説明します。
1.給与計算の特徴
介護・医療業界における人材不足が大きな社会問題となっており、医療法人では常に経営者・管理者が人材確保に頭を抱えている状況です。
人材確保のため医療法人では、多くの職種の方が様々な雇用形態・勤務形態で働いており、その給与形態も様々です。そして、職員の入退職が多いことや、急患・入院患者の様態急変の対応等、予測がつかないことが多いことも特徴としてあげられます。
そのため、適切な給与計算を行うには、人事異動、入退職、勤務時間の実態把握などの観点に留意した内部統制、管理が重要です。
管理が適切に行われなかった場合、残業代や手当の未払い等の発生により、法的トラブルがおこる可能性があるため、適切に管理を行う必要があります。
2.給与計算のリスクと内部統制
医療法人における給与計算には、主として以下のようなリスクとそれに対応する内部統制が考えられます。
① 人事情報の登録誤りにより給与計算が正しく行われないリスクに対応する「人事情報等のマスタ管理」
医療法人に限らず給与計算においては、給与計算システムを利用されているケースがほとんどです。そのシステムもマスタデータが違っていれば正しい給与計算はできません。
職員の入退職・昇進・異動等に際し、人事担当職員が給与計算システムにマスタ登録を行いますが、誤った情報の入力は給与の過大・過少支給につながります。また、マスタの改ざん等により不適切な給与の支払いが行われる可能性もあるため、システムへアクセスできる職員を限定させることや、システムに入力された内容を別担当者が確認する等の仕組みを構築する必要があります。
② 勤怠管理が適切に行われず、残業手当が正しく支払われないリスクに対応する「勤怠・時間外勤務の管理」
突発的な理由による残業や、当直・夜勤等の勤務により、各種手当が支払われますが、その勤務実態の適切な把握がなされなければ正しい給与計算はできません。職員は正確に勤務時間を記録し、上長が承認する仕組みを構築する必要があります。
また、多くの法人でタイムカード等が利用されていると思いますが、タイムカードの打刻時間と残業申請の時間に乖離が生じていると、サービス残業と捉えられる可能性もありますので、上長が残業時間の承認をする際に、その内容を確認するとともに、申請者も残業申請書に適切な理由を記載し、正しく申請する等の意識付けをしていくことが必要です。
③ 給与が適切に支払われないリスクに対応する「職務分掌」
給与計算担当者と支払担当者が同一の場合、自己に都合の良い給与計算を行い、支払を実行してしまうリスクがあります。医療法人の場合、管理部門の人材不足で両者が同一となることもありうるかもしれません。
内部牽制の観点から、給与計算担当者とは別の者を支払担当者とする等、職務分掌の適切性を検討する必要があります。
④ 手当の過払・未払のリスクに対応する「給与規程への準拠」
人材確保のために各種手当を設けている医療法人も多いと思います。しかし、経営環境の変化や法人の方針の変更、法改正等により、給与規程が実態に合致しないことも出てきます。また、労働基準法上遵守すべき事項も変化します。
これらの変化に対応して、運用上適切に手当等を見直していても、規程に適切に反映されていないケースがあります。そのため、規程を定期的に検証し、実態との整合性を確認することが望まれます。
3.給与計算が適切に行われなかった事例
ケース1:人材確保のために、複雑な手当の体系となっている医療法人も多く、手当の支給において、給与規程と実際支給額に不整合が生じたケース。
「採用条件通知」記載の給与計算に係る情報が給与計算システムに適切に登録されておらず、『訪問看護師手当』の未払が発生していたケースがあります。
ケース2:患者の様態急変対応等のためにタイムカードの打刻が漏れたり、医師等に打刻を依頼できない医療法人もあり、タイムカード等に記録された勤務時間と残業申請された勤務時間に乖離が生じたケース。
残業申請書に記載された終了時刻実績より、打刻された退勤時刻が30分超遅いケースや、打刻された出勤時刻が本来の出勤時刻より1時間早く、勤務時間が長くなっているケースがありました。常態的に発生している場合、労働基準局の調査により残業と認定されるリスクがあります。このほか、残業実績を短くする残業申請の修正が行われ、勤怠記録から見ると、サービス残業等、労働基準法上の問題となるリスクが生じるケースもあります。
4.まとめ
今回は、医療法人の給与計算について、留意点等の説明をいたしました。
給与計算が適切に行われない場合、法的リスクが高まり、トラブルの原因となる惧れがあります。そのため、内部統制の適切な整備・運用が重要となります。適切な給与計算を行うとともに、業務の効率性も考慮した、自法人に適した内部統制をご検討ください。