2025年8月号 医療法人・社会福祉法人における生命保険に関する一考察
公認会計士 田中 久美子
1993年から大手監査法人で監査業務・M&A支援業務に従事し、中国への海外赴任を経て2017年御堂筋監査法人に入社。医療法人及び社会福祉法人の監査業務に従事。同志社大学大学院で内部統制、内部監査の講義を担当。御堂筋監査法人代表社員。
医療法人や社会福祉法人においても、役員や職員を対象とした生命保険を利用しているケースが見受けられます。生命保険と一言に言っても、その保険商品の内容は非常に多様化しており、それぞれのメリット、デメリットを十分に考慮して意思決定する必要があります。
多様化した生命保険ですが、実は日本において生命保険に対する直接的な会計基準は存在せず、実務上は税務の取扱いに準じているのが一般的だと思われます。そのような状況の中、生命保険の会計処理について、筆者の私見として説明したいと思います。
1.生命保険の意義
保険契約とは、当事者の一方が一定の事由が生じたことを条件として財産上の給付を行うことを約し、相手がこれに対して当該一定事由の発生の可能性に応じたものとして保険料を支払うことを約する契約であり、生命保険契約は、保険契約のうち、保険者が人の生存又は死亡に関し一定の保険給付を行うことを約するものと保険法に規定されています。この生命保険料を法人が支払い、将来に保険金を受け取る契約を締結することで、法人に会計処理が発生します。では、なぜ法人契約の生命保険が利用されるのでしょうか。
以前は、高解約返戻率の貯蓄性が高い保険商品であっても、保険料の多くの部分を損金算入することができ、節税効果(課税の繰延)があるとして多用されていました。しかし、こうした高解約返戻率の商品について、従来通りの取り扱いでは商品の実態を適正に反映しているとはいえないとして法人税基本通達が改正され、2019 年7 月8 日以降の契約については、契約内容に応じて損金算入のタイミングが遅れることで節税効果が薄れ、短期的な生命保険利用のメリットがなくなりました。
税務上の短期的なメリットはなくなりましたが、生命保険本来の機能である万一の事態に備えるということで利用されるケースは依然ありますし、経営者、特に理事長や重要な役員の退職金に備えるために利用する法人も多いと思います。さらに、医療法人運営指導管理要綱において、医療事業の経営上必要な運用財産を適正に管理するため、現金は、銀行、信託会社に預け入れ若しくは信託し、又は国公債若しくは確実な有価証券に換え保管するものとされ、売買利益の獲得を目的とした株式保有は適当でないとされていることから、資金運用の一つとして生命保険が利用されやすいという特徴もあります。このことから、資金にある程度余裕がある法人に対して生命保険の営業攻勢がかかる可能性が高まっています。
2.生命保険の会計
この生命保険の会計処理について、残念ながら日本の会計基準には生命保険をダイレクトに取り扱ったものはありません。もし検討対象の生命保険が金融商品に該当すれば、金融商品会計基準に従って会計処理することになりますが、金融商品会計に関する実務指針第224項では、満期返戻金のない所謂掛け捨ての生命保険は金融商品ではないと明確に規定されていますし、満期返戻金のある保険契約であっても、純粋な保険部分と積立金部分とを区分することが困難なので、金融商品会計基準の対象外としたとされています。
したがって、会計実務としては税務上の取扱いに従って処理されているのが一般的ではないでしょうか。基本的には、定期保険であれば費用処理(損金算入)、養老保険であれば資産計上されていると思われます。しかし、上述のように2019年7月8日以降締結の契約については、最高解約返戻率によって資産計上期間や資産計上額が異なったり、長期平準定期保険などは保険期間満了時の被保険者の年齢や加入時の被保険者の年齢、保険期間等により保険料の経理処理が異なったりしますので、生命保険を利用される際には、その経済的効果を十分に考慮して意思決定を行うことが重要です。
3.外貨建て生命保険に関する一考察
最近は日本においても金利の上昇傾向がみられますが、これまでは長期間の低金利が継続し、資金運用の利回りに期待ができない状態が続いていました。生命保険についても同様で、運用利回りが比較的低く、ある程度資金に余裕のある法人に対して各種金融機関等から色々な商品を勧められている法人も多いのではないでしょうか。その中の一つとして、外貨建ての生命保険が考えられると思います。今回は、生命保険を資金運用の一つとして、外貨建て生命保険を締結した場合の会計処理について考察してみたいと思います。
外貨建ての取引には為替リスクがあります。例えば、5千万円の保険料を一括払いして、外貨建ての保険に加入した場合、保険料払込額はその時の為替レート例えば145円で換算すると344,828ドルの保険料払込額になります。もし解約時の為替レートが120円になっていると、円換算額は約4千万円となり、為替の影響による損失が発生する可能性があります。このような状況にあって、この外貨建て生命保険を期末で時価評価、外貨換算が必要かどうかを検討する必要があります。外貨建ての時価についてはここでの議論は割愛するとして、期末換算についてどうすべきでしょうか。
前述の通り、生命保険に関する日本の会計基準はありません。さらに、基本的には金融商品会計基準の対象外ということになっています。しかし、このような外貨建ての生命保険の場合、万が一に備える保険部分というよりは、高い運用利回りを期待した投資、すなわち積立ととらえる方が経済実態には合致していると考えるのが一般的ではないでしょうか。つまり、生命保険という形態はとっているものの、資金運用目的の投資であり、実態としては積立金として金融資産と考える方が合理的ではないでしょうか。外貨建金銭債権であれば、外貨建て取引等会計処理基準に従い、決算時の為替相場による円換算額を付することになります。このように考えることで、外貨建て積立資産については期末日レートで換算替えを行ことが必要なのではないかなと考えます。
4.まとめ
医療法人や社会福祉法人において、生命保険はそれぞれの法人の経済的状況に応じて利用されてきました。今後の金利上昇が期待される局面においては、その需要はますます高まることも想定されます。現状、日本における生命保険に対する直接的な会計基準はなく、実務上会計処理は税務の取扱いに準じています。社会医療法人や社会福祉法人においては、そもそも税務上のメリットが期待されないことから、生命保険を利用する場合の経済的機能や計算書類等に与える影響を勘案し、特に外貨建てについては為替リスク等を十分に検討して決定することが重要になると思います。
以上