2021年8月号 奨学金の免除に係る会計処理
公認会計士 森 康友
平成25年に税理士法人日本経営に入社し、医療・介護分野における会計・税務業務に従事。現在、御堂筋監査法人において、主に医療法人の監査業務を担当。保有資格:公認会計士/医療経営士3級
医師や看護師等の人材確保や能力向上を目的として奨学金制度を設け、一定期間法人に勤務することにより、貸与した奨学金の全部又は一部の返済を免除している医療法人が数多くあります。しかし、返済免除に係る会計処理を誤っている法人もあります。そこで今回は、貸与した奨学金の免除に係る会計処理について解説したいと思います。
1.奨学金返済免除の論点
奨学金の返済免除に係る会計処理は、法人が設けている奨学金規定に基づいて処理を行うこととなります。
例えば、奨学金規定に「資格取得後、当法人に常勤として3年間勤務することにより、当該貸与金の全額を免除する」と貸与金免除に関する事項が定められているとします。この場合、免除要件を満たした時点で貸付金として処理している奨学金を福利厚生費や研修費などの経費へ振替えることとなります。
福利厚生費等 ×× / 貸付金 ××
会計処理を行う際に留意しなければならないのは「免除要件を満たした時点」とは、どの時点を指すのかということです。当該時点は奨学金規定において「途中退職した場合等、要件を満たせなくなった場合の免除額の取り扱い」がどのように定められているかによって異なることとなります。当該時点を誤り、間違った会計処理を行っている法人が散見されます。
2.期間に応じて費用処理する場合
奨学金規定において「途中退職した場合には、残存勤務期間に応じた額を一括返済させるものとする。ただし、年未満は切上げるものとする。」と定められている場合、2年3ヶ月勤務後に退職した職員等が一括返済する額は、奨学金のうち3分の1の額となります。従って、途中退職した場合でも、2年間の勤務に対応する奨学金は免除されていることになります。このため、職員等の勤務期間が1年経過する度に「免除要件を満たす」こととなり、会計処理も勤務期間が1年経過する度に奨学金の3分の1の額を貸付金から経費へ振替えることになります。つまり勤務期間に応じて返済義務が消滅した部分を費用化します。
3.一括して費用処理する場合
一方、奨学金規定において「途中退職した場合には、貸与した奨学金の全額を一括返済させるものとする」と定められている場合、2年3ヶ月勤務後に退職した職員等が一括返済する額は、奨学金の全額となります。従って、途中退職した場合、一切免除されないこととなります。このため、職員等の勤務期間が3年経過した時点で「免除要件を満たす」こととなり、会計処理も勤務期間が1年経過時点では何ら処理を行わず、3年経過時点で奨学金の全額を貸付金から経費へ振替える必要があります。
4.引当金を設定する場合
当該奨学金について、返済が免除されると見込まれる金額を合理的に見積もり、引当金を設定するということも実務では行われています。この場合は、福利厚生費や研修費などの経費ではなく、引当金繰入額として処理されます。
引当金繰入額 ×× / 引当金 ××
この場合、過去の免除実績等から合理的に免除額を算出する必要があります。
5.規定を設ける際の留意点
奨学金制度は、人材の確保等を目的として導入されます。「途中退職の場合、奨学金の免除を一切しない」とする規定は、人材の流出を防ぐ効果が期待され制度の目的と合致します。一方で、勤務期間に応じて返済義務が消滅しないため、一括して費用処理を行う必要があり、結果、勤務期間に平準して費用処理することができず、特定の会計期間にまとめて費用が計上されることになります。規定の内容に伴い、生じる効果や費用処理するタイミングが異なるのです。このため、それらを理解し、想定通りの結果となるよう規定内容を定めることが重要となります。