2021年11月号 「公益通報者保護法」の一部改正に伴う内部通報制度
公認会計士 三木 伸介
大手監査法人を経て平成25年に株式会社日本経営に入社し、医療・介護分野におけるコンサルティング業務に従事。その後、税理士法人日本経営に転籍し、医療法人等の税務業務に従事。平成29年に御堂筋監査法人に入所し、主に医療法人・社会福祉法人の監査業務を担当。
令和2年(2020年)6月12日に公布された「公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和2年法律第51号)」により一定規模以上の事業者においては、内部通報制度の整備が義務付けられました。現在、令和4年6月1日の施行にむけて準備がすすめられていますが、当該改正に関係する医療法人や社会福祉法人も多いと予想されることから、ここでは公益通報者保護法の一部改正事項について整理したいと思います。
1.制度及び一部改正の趣旨
公益通報者保護制度は、食品偽装やリコール隠しなど、消費者の安全・安心を損なう企業不祥事が、事業者内部からの通報を契機として明らかになったことから、国民生活の安心や安全を脅かすことになる事業者の法令違反の発生と被害の防止を図る観点から、公益のために事業者の法令違反行為を通報した事業者内部の労働者に対する解雇等の不利益な取扱いを禁止するものとして制定されました。
しかし、一部の企業では、内部通報制度が有効に機能せず、上場企業による巨額粉飾決算事件や品質データ改ざん問題、銀行による不正融資問題など社会問題化するような企業の不祥事が後を絶たなかったことから、令和2年6月に公益通報者保護法の一部改正が行われました。
2.法改正の対象となる事業者の基準
この改正により、労働者の数が300人を超える事業者については、内部通報に適切に対応するための必要な体制の整備が義務付けられました。ここでいう労働者とは、常時使用する労働者とされており、常態として使用する労働者を指すことから、パートタイマーでも、繁忙期のみ一時的に雇い入れるような場合を除いて含まれ、役員については労働者でないことから含まれないことになります(公益通報者保護法の一部を改正する法律に関するQ&A)。これらの事業者には医療法人・社会福祉法人も当然に含まれることになり、非常勤の看護師や介護職の従業員も考慮して対象となるか判断する必要があるので留意が必要です。なお、労働者が300人以下の場合は努力義務にとどまります。
現段階での施行日はまだ確定してないものの、現状では2022年6月1日に向けて準備を進めている段階となっています。
3.内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備について
内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備にあたり消費者庁では、令和3年8月に「公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針」(以下「指針」といいます。)を公表し、また令和3年10月には「公益通報者保護法に基づく指針の解説」を公表し、内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備等についての指針の趣旨や指針を遵守するために期待される推奨事項に関する考え方、具体例を明示しています。
なお、この整備義務を適切に履行しない場合には、行政措置(助言、指導、勧告、勧告に従わない場合の公表)の対象となるのでご留意ください(同法15条、16条)。
4.必要な体制の整備に向けて
現時点では法改正が2022年6月1日の施行をめざして準備中であることから、内部通報に適切に対応するために必要な体制の整備については、消費者庁が公表している「指針」やその解説に基づいて進めていく必要があります。
以下は体制の整備にあたっての主なポイントになります。
①公益通報対応業務従事者を選定し、内部公益通報受付窓口の設置や通報を受け調査し、是正に必要な措置をとる部署や責任者を明確にする。
②公益通報対応業務の担当部署への調査権限や独立性の付与、必要な人員・予算等の割当等の検討。
③組織の長その他幹部から独立した内部公益通報対応体制の構築。社外理事や監事などと連携できる組織体制の構築や、場合によっては外部(例えば、法律事務所等)に内部公益通報窓口を委託することなど検討。
④内部公益通報制度の実効性を確保するために、公益通報受付窓口及び受付の方法を明確に定め、それらを労働者等及び役員並びに退職者に対し、十分かつ継続的に教育・周知する。
⑤内部公益通報への対応に関する記録の作成や保管、見直し・改善、運用実績の労働者等及び役員への開示等に関するルールの整備や情報漏えいを防ぐためのセキュリティ体制の構築。
⑥内部公益通報の受付から調査・是正措置の実施までを適切に行うための公益通報対応業務に関する内部規程の整備(制度内容を当該事業者において守るべきルールとして明確にし、各種対応がルールに沿ったものか否かが不明確となる事態等が生じないようにすることが重要)。
5.その他の主な改正事項
公益通報対応業務従事者や過去に従事者であった者には通報者を特定させる情報の守秘義務が追加され、正当な理由なく、「公益通報対応業務に関して知り得た事項であって公益通報者を特定させるもの」を漏えいしてはいけないと定められ(同法12条)、この守秘義務に違反した場合には、刑事罰(30万円以下の罰金)が科せられるようになりました(同法21条)。業務従事者は通報者から刑事告訴をされるリスクを伴うことから、情報管理やこれらのリスクについて従事者への周知徹底が必要です。
また、保護される通報者の範囲が拡大され、役員や退職者(退職後1年以内の者)についても保護されるようになりました(同法2条1項)。
6.終わりに
医療法人・社会福祉法人でも業者との癒着による収賄や保険報酬等の不正請求、患者・利用者に対する虐待、不適切な医療行為や医療・介護事故の隠ぺい、各種ハラスメント、違法労働など様々な問題が現実に発生しています。内部公益通報制度は、一定のコストはかかるものの、不正の発見や抑制・防止など組織の自助作用やコンプライアンスの向上を通じて、組織力強化や外部からの信頼の獲得、ひいては社会的責任を果たすことに繋がります。来年の施行日に向け、実効性のある内部公益通報制度の構築の為にも、具体的な制度設計については、早めに進めていくことをお勧めします。
以上