2023年11月号 企業価値評価の必要性や算定方法について
公認会計士 川中 敏史
大手監査法人を経て2022年から御堂筋監査法人にて勤務。主に医療法人の内部統制指導、監査業務に従事。
保有資格:公認会計士
M&Aを検討する場合や非上場会社株式の売却を検討する場合、新規事業を開始する際の投資意思決定を行う場合等において、何か基準となるものが無ければ合理的な意思決定はできません。
決定する際に考慮すべき事項は様々ありますが、まずは合理的で客観性の高い方法によって算定された企業価値を基準として把握することが重要です。
今回は、この基準となる企業価値とその評価方法について解説します。
1.企業価値評価が必要な場面の例
① M&A
会社もしくは事業の買収または売却の際には、適正な企業価値もしくは事業価値を基準として価格を決定することが一般的です。合併の際も同じく、存続会社から消滅会社株主への対価は適正な企業価値を基準に決定することが一般的です。
② 非上場会社株式の売却
上場会社の場合は時価である株価を容易に把握できるのに対し、非上場会社の場合は時価を容易に把握することができません。
従って、買い手及び売り手の双方が合意するためには、基準となる株式価値を算定したうえで売買価額を決定することが一般的です。
③ 新規事業を開始する際の投資意思決定
新規事業の将来計画を基に事業価値を算定することで、投資に見合ったリターンを得られるか否かの判断に役立ちます。
④ 新株発行価額の決定
非上場会社では株式時価が不明なため、現在の株式価値を算定する必要があります。
⑤ ストックオプション行使価額の決定
「行使価額」とは、ストックオプションの権利を行使する時に支払う価格を指し、この「行使価額」は現在の株価を基に決定しますが、④の新株発行と同様に非上場会社では株式時価が不明なため、現在の株式価値を算定する必要があります。
2.企業価値とは
企業価値とは、評価対象会社の経済的価値を表したものであり、いわゆる「企業の値段」を意味します。また、企業価値と一口に言っても、会社全体の価値を示す企業価値と株式の価値を示す株主価値、事業の価値を示す事業価値に大きく分けられ、図で示すと以下のイメージとなります。(以下「企業価値等」という。)
(引用:日本公認会計士協会「企業価値評価ガイドライン」)
3.企業価値等の形成要因
企業価値等は機械的に算定するものではなく、評価対象会社の置かれた経済・経営環境の状況や事業の特殊性等の個々の事情を考慮したうえで最も合理的と考えられる方法で算定する必要があります。
日本公認会計士協会が公表している「企業価値評価ガイドライン」では、企業価値等の形成要因を5つに大別したうえで、マネジメント・リスクについても検討・分析する必要性に言及しています。
✧ 企業価値等形成要因
① 一般的要因
会社側にコントロールすることはできませんが、マクロ的要因であり評価の土台になると言えます。
【要因例】
・ 社会的要因
・ 政治状況
・ 景気動向
② 業界要因
一般的要因と同じく、会社側にコントロールすることはできませんが、評価に客観性を反映します。
【要因例】
・ 属する業界のライフサイクルにおけるライフステージ(創成期、成長期、安定期または衰退期)
・ 業界の組織再編の動向
・ 類似上場会社の株価動向
③ 企業要因
会社にとってコントロール可能な要因であり、評価に個々の事情を反映します。
【要因例】
・ 業種、業態及び取引規模
・ 経営戦略や経営計画とそれらの達成状況
・ 経営、営業、技術、研究の特異性
④ 株主要因
非上場会社等で株式の流動性が低い場合は評価への影響を検討します。
【要因例】
・ 株主構成(株主の集中、分散の状況)
・ 株主関係(同族関係、支配株主関係、一定の株主グループの形成状況)
・ 株式の種類と発行状況(普通株式、種類株式)
⑤ 目的要因
目的によって上記①~④の要因をどのように考慮すべきかが決まるため、明確にする必要があります。
【要因例】
・ 取引目的
・ 裁判目的
・ その他(処分目的、課税目的、PPA(※)目的他)
※PPAとは、Purchase Price Allocationの略称で、M&A時の会計処理における取得原価の配分のことを言います。特に、取得した資産及び負債と取得価額との差額を「のれん」とそれ以外の無形資産(ブランド力や技術力等)にどのように配分するかは専門家による評価が必要と考えられます。
✧ マネジメント・リスク
現時点で顕在化していなくとも、例えば以下のようなリスクを把握し、将来の収益性や財政状態、キャッシュ・フローへの影響を検討する必要があります。
・ 従業員、役員、株主との紛争
・ 取引先との紛争や不良債権に関するリスク
・ 過剰人員、過剰投資に関するリスク
・ 公的規制の影響や行政処分に関するリスク
・ 税務リスク
4.代表的な評価手法
一般的にはインカム・アプローチ、マーケット・アプローチ、ネットアセット・アプローチの三つに大きく分類されます。
✧ 各アプローチと代表的な評価方法
各アプローチ及び評価方法の特性によって、一般的には以下のメリットデメリットがあるため、上述の「3.企業価値等の形成要因」を考慮したうえで最も合理的な方法を採用する必要があります。