2026年2月号 法人をまたぐ異動に関する退職給付引当金の会計処理
公認会計士 田中 久美子
1993年から大手監査法人で監査業務・M&A支援業務に従事し、中国への海外赴任を経て2017年御堂筋監査法人に入社。医療法人及び社会福祉法人の監査業務に従事。同志社大学大学院で内部統制、内部監査の講義を担当。御堂筋監査法人代表社員。
医療法人や社会福祉法人が事業を展開する場合、MS法人を含む関連法人がそれぞれの機能を担い、グループとして一体的に運営している場合も多いと思います。そのような環境の中では、人事異動をグループ内で積極的に行い、職員の有効活用を実現されているケースも見受けられます。そのような環境の中では、人事異動をグループ内で積極的に行い、職員の有効活用を実現されているケースも見受けられます。
人事異動をグループ内で実施した場合、グループが適用する退職給付金制度によってはその会計処理をどのようにすべきか頭を悩ませられることもあるのではないでしょうか。すでに方針を決められている法人であっても、他に合理的な方法を模索されているかもしれません。今回は、法人をまたぐ異動に関する退職給付引当金の会計処理について、負債が計上される退職一時金制度及び確定給付型年金制度で、かつ勤続年数が通算されるケースを前提に解説します。
1.労働対価の後払い的性格
退職給付は、一定の期間にわたり労働を提供したこと等の事由に基づいて退職後に支給される給付です。退職後に支給されるため、在職期間中の労働対価の後払いとしての性格を有しています。したがって、当会計年度の役務の提供に対応する部分の退職給付をコストとして認識する必要があります。
退職一時金制度及び給付建ての年金制度(確定給付型)の退職金制度である場合、退職時の給付額を支払う義務は雇用者側にあります。したがって、必要なコストを認識し、退職給付引当金として負債計上が必要となります。一方で、掛け金建ての年金制度(確定拠出型)の退職金制度である場合、将来の給付額は運用実績に応じて定められ、雇用主側は定められた掛け金額を払い込めば拠出後に追加的な負担は生じません。したがって、事業主側は掛け金を必要なコストとして認識しますが、負債の計上はありません。
今回は、グループ内での異動であり、多くの場合は勤続年数が通算されるケースが多いことが前提となります。法人間の異動は転籍のような異動元での勤務をリセットするのでは無く、出向のような勤務の継続を想定した異動についての解説となります。また、負債として計上される退職給付引当金の会計処理についての解説となりますので、一時金制度及び確定給付型年金制度に関するものとなります。
2.異動時に金銭で精算するケース
職員が法人をまたいで異動する場合、その時点までの退職給付に見合う金銭を異動元から異動先に支払い、退職給付引当金に計上されている負債を移転させるケースがあります。この場合、異動元の法人での期間コストが確定されますので、異動前後のコスト負担が明確となります。さらに、職員が退職した際には異動先での支払いとなるため、異動元と異動先での費用負担の按分が不要となり、退職時の事務負担が軽減されるというメリットがあります。
一方で、職員の異動の都度資金決済が必要となりますので、職員の異動が頻繁な場合はその時点の退職給付を確定させる事務負担がかえって大きくなる場合もあり、その点はデメリットとなります。さらに、精算原資となるキャッシュの確保が必要となります。
3.異動時に金銭で精算せず引当金として保持するケース
金銭で精算せずに、その時点までの退職給付引当金をその法人の負債として保持するケースもあります。この場合は、退職時に法人間での費用負担を確定し、法人間で決済することになります。異動時には金銭での精算がないため資金を用意する必要はありませんが、将来の事象により異動元の負担が増加するケースもあるかもしれません。
例えば、勤続年数が通算されるため、退職給付はグループでの勤続年数で算定され、昇給等により最終的に適用される算定基礎給与額が上がっているケースがあります。その職員に支払われる退職給付はトータルでの勤務年数によって最終算定基礎額で計算され、法人間での按分方法が勤務年数でされた場合、将来の昇給によって異動元のコストが増加することになります。
<設例>
社会福祉法人Aでの勤務年数 10年 異動時の算定基礎給与額 20万円
医療法人Bでの勤務年数 5年 退職時の算定基礎給与額 35万円
勤務年数10年の掛率 2 15年の掛率 3 トータルでの退職給付35万円×3=105万円
ケース① 異動時に金銭で精算するケースと同様の計算の場合
Aでの負担額 20万円×2=40万円
Bでの負担額 105万円-40万円=65万円
ケース② 退職金の総額を各法人の勤続年数で按分する場合
Aでの負担額 105万円×10年/15年=70万円
Bでの負担額 105万円×5年/15年=35万円

ケース②の場合、法人Aは異動後の昇給分まで負担することになり、経済的実体の反映という点では課題が残りますが、計算の簡便性には優れています。頻繁に異動があり、職種も変わるようなケースの場合、事務処理の煩雑さを回避するためケース②のような方法で算定されている実務もあるかと思います。
4.確定拠出制度への移行
前述のように、確定拠出制度の場合は毎月の掛け金が費用処理され、負債として退職給付引当金は法人内に残りませんので、法人間の現金精算や複雑な退職給付計算が不要となり、異動があっても加入者資格の移転手続きだけで済む大きなメリットがあります。ただ、制度設計に時間と費用が掛かること、職員にとっては運用が自己責任になることで運用結果次第では将来受取る金額が減ること等がデメリットとなります。
5.まとめ
法人間をまたぐ異動が頻繁に行われる場合は、事務手続きの効率性を理由に退職給付引当金を金銭で精算せず、退職時に法人間で費用按分しているケースも実務としては存在していると思います。経済実態を適切に表す必要がありますが、そもそも医療法人であれば前々期の負債総額が200億円未満であれば簡便法が適用可能であることから、引当金の算定についてどこまで厳密に考えるかは、法人の経営判断や事務能力に応じた現実的な選択が重要になるのではないでしょうか。
以上