2026年7月号 診療報酬改定における経理・財務のポイント
公認会計士 迫口 博之
大手・中堅監査法人を経て2016年に御堂筋監査法人の設立に参画。以来、主に医療法人の内部統制指導、監査業務に従事。御堂筋監査法人 代表社員。保有資格:公認会計士/システム監査技術者/診療情報管理士/医療情報技師。
2026年度診療報酬改定は、物価高騰への対策と深刻な人手不足への対応を喫緊の課題とし、本体プラス3.09%という過去最大規模の引き上げとなりました。この増収分は、医療従事者の賃上げへの確実な充当が強く求められる一方、医療DXの推進やセキュリティ対策の強化も重点項目に据えられています。本稿では、経理・財務担当者が直面する収益構造の変化を整理し、人件費や投資の適切な会計処理に加え、今後の予算策定で注意すべき実務上のポイントを解説します。
1.2026年度改定の概況と収益管理への影響
今回の改定における最大の特徴は、持続的な物価高騰と深刻化する人手不足を背景とした、人件費上昇に対する抜本的な構造改善にあります。
特に、2024 年度から継続・強化されている「ベースアップ評価料」の拡充や基本診療料の引き上げは、職員の処遇改善を現場に定着させるための強力なメッセージです。ただし、これらの増収分は「賃上げ」への充当が算定の条件となっているため、その大半がそのまま人件費として支出される点に注意しなければなりません。単なる収益増と楽観視せず、高騰する人件費率や諸経費を織り込んだ上で、いかに収支バランスをマネジメントするかが今期の経営課題の核心となります。
この厳しい環境下で原資を確保するための有効な手段の一つとして、今改定で更なる拡充が図られたDX 関連加算への確実な対応が挙げられます。例えば「電子的診療情報連携体制整備加算」は、電子処方箋等の導入に加え、マイナ保険証の利用実績に応じて収益が変動するため、医事課と現場が連携して利用率をモニタリングし、目標区分での収益を月次ベースで確保していく体制づくりが求められます。また、戦略的な収益確保はDX 分野に留まらず、在宅復帰等の実績要件が厳格化された地域医療連携に係る加算群など、今改定の柱となる評価項目全体の算定状況を精査し、新たな収益構造を正確に把握することも不可欠です。
また、2026 年度は医療・介護(臨時)の同時改定が重なる特異な年であることを踏まえ、キャッシュフロー・リスクへの備えも欠かせません。改定初期は審査側の解釈の揺れやシステムエラーにより返戻や保留が増加する懸念があるため、未収金の回収状況の確認を頻繁に行い、請求精度を徹底することが推奨されます。
2.賃上げ関連加算の経理処理と実績報告
2024年度から継続・強化されている「ベースアップ評価料」をはじめ、今改定で大幅に拡充された賃上げ関連加算の適切な管理は、経理実務において引き続き最優先で取り組むべき事項です。これらの加算は、得られた収益を対象職員の給与引き上げに確実に充てることが算定の条件であり、後に厚生局への実績報告が求められます。特に過去最大規模の引き上げとなった2026年度においては、増収額とそれに対応する人件費増加分(基本給の底上げや各種手当、法定福利費の増加等)を、他の経費と明確に区分して把握する仕組みを再整備する重要性が増しています。具体的には、会計システム上で専用の補助科目を作成し、加算収益と人件費増を正確に紐付けるといった対応が、円滑な実績報告のみならず法人のガバナンス能力を示す証左となります。併せて、国の「賃上げ促進税制」との連動を念頭に、改定直後の段階から給与支給額のシミュレーションを行い、税額控除の適用可能性を精査しておくことが肝要です。
3.医療DX投資と資産計上の判断
医療DXの推進は今回の改定でも強力に後押しされており、電子処方箋の導入やサイバーセキュリティ対策の強化が加算要件に組み込まれています。これらに伴うIT関連の支出について、経理上は「資産」か「費用」かの適切な判定が求められます。
例えば、既存の電子カルテシステムを新点数対応のために微修正する費用は「修繕費」として一括費用処理が可能ですが、全く新しい機能の追加やセキュリティ基盤の刷新は「ソフトウェア」として資産計上し、耐用年数に応じて減価償却を行う必要があります。この判断は当期の損益に多額の影響を与えるため、稟議の段階から経理部門が関与し、会計上の取り扱いを整理しておくことが肝要です。また、これら投資に対して国や自治体から交付される補助金については、圧縮記帳の適用を検討し、法人税の課税繰り延べを活用することで、実質的なキャッシュの流出を抑制する戦略的な判断が求められます。
4.改定後の実績検証と予算再編
2026年6月の診療報酬改定の本格施行から1ヶ月が経過し、7月は新点数による初めてのレセプト請求を行う極めて重要な時期にあたります。この時点で最優先すべきは、事前の収益シミュレーションと実際の算定実績に乖離がないかを確認する「予実分析」です。既述の通り、医療情報の共有体制が評価の軸となった医療DX関連の評価体系をはじめ、在宅復帰等の実績要件が一段と厳格化された地域医療連携に係る加算群、そして物価高騰下での継続的な賃上げを支える人件費関連の各種加算など、今改定の柱となる評価項目全体の算定状況を網羅的に精査し、法人の新たな収益構造を正確に把握しなければなりません。
経営面においては、キャッシュフローの動きに細心の注意が必要です。システム改修やAI導入、新たな施設基準を遵守するためのスタッフ研修など、多額の改定対応コストが先行して発生しているかと思いますが、これらを反映した6月診療分の報酬が入金されるのは8月下旬となるため、支払いが先行して手元の資金が一時的に減少する状況が続きます。加えて、夏場の賞与支給時期とも重なることから、資金不足を回避するための手元流動性の確保には引き続き留意が必要です。これらの実績に基づき、当初予算に固執せず下半期以降の計画を柔軟に再検討する「ローリング予算」の実施こそが、2026年度末に向けた健全な経営管理を実現する鍵となります。
5.まとめ
2026年度診療報酬改定は、医療法人にとって「攻めの改定」とするか「守りの改定」とするかの分水嶺となります。経理・財務担当者の役割は、単に算定された数字を記録することではありません。改定が法人の財務指標に与える影響を多角的に分析し、次なる設備投資や人員計画のための「根拠ある数字」を経営層に提示することにあります。
煩雑な事務作業が続く時期ではありますが、適切な内部統制を維持しつつ、制度の変化を法人の経営力強化へとつなげていただけることを期待しております。
以上