2026年9月号 医療機関における会計上の不正について(3)
公認会計士 佐々木 秀
大手監査法人を経て2025年から御堂筋監査法人にて勤務。主に医療法人の内部統制指導、監査業務に従事。
保有資格:公認会計士/医療経営士
前回(2026年1月号)のニュースレターでは、「不正の兆候」と不正を起こしにくくする「内部統制」の基本について解説しました。しかし、人員体制の限られる小規模な法人では教科書通りの体制整備は難しく、工夫が必要です。また、内部統制には理事長や院長など管理者によるルール無視や職員の共謀などを防ぎきれない限界も存在します。そこで今回は、小規模組織における実務的な工夫や内部統制の限界、それを補うガバナンスについて解説します。
1.小規模な医療法人における実務的な工夫
前回のニュースレターで解説した「職務分掌」は内部統制の基本ですが、小規模な医療機関では人員やコストの壁があり、一人の職員が受付から現金の管理、会計までを兼任することも珍しくありません。大病院のような教科書通りの体制整備は困難なのが現実です。
しかし、「人が足りないから」と対策を諦めれば、不正の「機会」を放置し、真面目に働く職員をリスクに晒してしまいます。完璧な体制が難しくても、日々の業務の工夫や管理者(理事長・院長等)の関与といった代替措置を組み合わせることでカバーは可能です。
ここでは、限られた人員体制の中でも明日から取り組める、不正の機会を減らすための具体的な実務の工夫をご紹介します。

【構築のポイントと注意点】
これらの実務的な工夫を導入し、運用していくにあたっては、以下の点に注意することが重要です。
このように実務的な工夫を重ねることは非常に重要ですが、それでも内部統制には構造的に防ぎきれない限界が存在します。次章ではその限界について確認していきます。
2.内部統制の限界
不正の「機会」を減らすために設計された内部統制であっても、完璧に不正を防ぎきれるわけではありません。次のようなケースでは、内部統制の機能が及ばない「限界」が生じます。

内部統制には上記のような限界が存在します。そのため、「一度ルールを作れば完璧に防げる」と過信することなく、常にこれらの限界を勘案しながら、自法人の実態に合わせた有効な内部統制の構築と運用を行わなければなりません。限界があることを前提とするからこそ、前章で紹介したような実務的な工夫を組み合わせたり、次章で述べるように理事長や院長等の管理者を牽制するガバナンスで補完したりすることが重要となります。
3.内部統制の限界を補う 「ガバナンス」
前述した内部統制の限界の中で、最も致命的かつ発見が困難なのが「管理者(理事長・院長等)による内部統制の無効化」です。これを防ぐためには、組織全体を監視・監督し、管理者自身を牽制する「ガバナンス」を機能させることが極めて重要となります。強固なガバナンスの確立は、管理者層の不正の防止にとどまらず、組織風土を引き締め「複数職員による共謀」を抑止することにもつながります。
医療法人では理事長や院長に権限が集中しがちです。「権限のある人ほど、本人以外によるチェックを受ける」仕組みを作ることが、組織と管理者自身を守る防御策になります。特に、役員への貸付や親族会社との取引など、法人の経費と個人的支出の区別が曖昧になりやすい取引は不正リスクが高いため、第三者(監事等)が慎重に確認する仕組みが求められます。
法人のトップが高い倫理観を持ち、法令遵守の重要性を発信し続ける組織風土づくりが求められます。前々回(2025年7月号)の事例のように「病院を潰すわけにはいかない」といった理事長や院長自身の身勝手な「正当化」を防ぐためにも、トップ自らが襟を正す姿勢が不可欠です。さらに、その誠実な姿勢が組織風土として定着することで、内部統制をすり抜けようとする「複数職員による共謀」を未然に防ぐ強力な牽制となります。
医療法人では監事制度が十分に機能していないこともありますが、独立した専門的な視点を持つ人材を登用し、理事長や院長等の暴走を抑止することが本来の役割です。この監視機能が正常に働くことで、管理者主導の不正の「機会」を物理的・心理的に奪うとともに、限られた資源をリスクの高い分野へ優先的に配分する適切な経営判断を促すことにつながります。
弁護士等の外部に通報窓口を設置し、通報者を守る規程を整備することは、トップの不正を牽制する強力なガバナンスツールです。同時に、不正に気付いた職員が報復を恐れずに報告できるルートが確保されることは、「複数職員による共謀」という密室での不正を外部の目によって打ち破り、組織全体の自浄作用を劇的に高める効果をもたらします。
4.まとめ
全3回にわたり、医療機関における会計上の不正について解説してきました。
不正は「個人のモラルの問題」ではなく、「動機・機会・正当化」の3要素(不正のトライアングル)が揃うことで誰にでも起こりうるものです。医療機関における会計不正は、患者や社会からの社会的信頼を大きく損ねるだけでなく、最悪の場合は経営破綻や医療提供の停止につながりかねない重大な問題です。
限られた人員体制やコストの中でも、自法人のリスクを理解し、できる実務的な工夫から取り組んでいくことが、組織の健全性を保ち、職員と患者を守ることに繋がります。
本シリーズが、皆様の法人のより良い運営の一助となれば幸いです。
以上